ケーススタディ

SMIのクライアント層は新規企業から60数カ国でビジネスを展開する大企業のCEOなど広範にわたる産業・企業に及びます。これらのクライアントに共通して言えることは、自己成長の為に情熱を持ち、人生の各分野で高い目標を設定していることです。

ケース13
株式会社TBIホールディングス  代表取締役会長 ヴァバン ヴァッタ様

カンパニープロフィール

TBI

 ヴァバン ヴァッタ様

 社名: 株式会社TBIホールディングス
 創業: 2003年10月
 事業概要: 飲食・インバウンド・不動産業等
 担当代理店: エレガンス東京
 採用プログラム: PSP・LSP・AEP・DTM・COP
 採用年: 2008年~
   『目標を作り、達成していくプロセスがSMIとの出会いによって出来ています。』

留学生として来日

ネパールで6人兄弟の真ん中で育ち、今から20年前に学生として勉強の為に来日しました。あえて日本に決めたのはネパールで「おしん」というドラマを見て、何回失敗しても繰り返すその姿を見てすごいなと思ったのがきっかけです。また、ネパールは大変な混乱をしている国ですが、日本は戦後たったの50年で経済大国になった立派な国ということを見て、来日を決めました。

渡航費用と半年分の学費だけを貰い、それ以外は自分でやると父に約束し、来日することが出来ました。来日後は、日本語を勉強しながら、最初に一番大きい町と友人に教えてもらった新宿で不動産のアルバイトを始め、その後もインド料理や、牛丼屋、フレンチレストラン等の様々なアルバイトをし、経験を積んでいきました。

そして2000年に、新宿に居酒屋一号店を開業しました。人が溢れている地とはいえ、その経営は決して甘いことではなく、赤字が続きましたが、人がいる所だから絶対に出来ると思い、今まではやっていないことを考えてやっていく事にしました。この日本で一番安く飲み物を提供したいと考え、日本ではノミニュケーションや「とりあえずビール」という文化がありますので、それをうまく活用した飲み放題のプランを作りました。

店舗展開とSMIとの出会い

個人で意識して目が届いてやれる限界は5店舗で、それ以上を考えるとビジネスモデルを変える必要があると考えています。なので、6店舗目を始めた時に、どのような形にするか、どのようにやっていけばいいかを考えました。そんなときに「日本一の朝礼」というセミナーに参加すると、隣に女性の方がいて、何をやっている方か聞くと、「世界一の朝礼」をやっていると言っていたのです。日本一の朝礼で刺激をうけたのに、隣に世界一の朝礼をやる方がいらっしゃったのです。それがSMI代理店社長との出会いでした。そして私と二番手でその朝礼に行き、本当に衝撃的でした。人生で初めて自分の底から力を出してしゃべりました。そこでひとめぼれで、翌日から参加するようになりました。

参加し、目標を書いて、反復の力によって自然にこれがかなっていくということが続きました。それをSMI担当の方に自慢すると、次はどうするか、という話になっていきました。

SMI採用による効果

何のもとで会社を運営し、成長させていけばいいのかということで、理念を作ることを提案され、世界に誇れる企業、会社としていきたいと考えました。実際に作成した理念を見ると、全く飲食店っぽくありません。しかし、我々が持っていた日本の飲食店の印象は、昔から頑固おやじが引っ張り、その背中をみていく、というような仕組みで、大学卒業の人が好んで外食産業に入ることはあまり聞きませんでした。また、親族知人に何の仕事をしているかと聞かれたとき、居酒屋ではいい印象ではありません。ですから、私が考えたのは、あるビジネスモデルがあり、そこで働いているビジネスマンが売っているものがたまたま飲食なだけという考え方です。みんなから認めてもらう自分、世界中の人から愛される自分になっていこうということです。アフリカの小さい国の人でも名前を挙げられるぐらい、日本の商品は世界に浸透しています。日本は世界を代表しているということで、若い人たちを受け入れられる受け皿を作ることにしました。

常にポジティブにいるという考え方のきっかけはSMIで、稲盛さん、松下幸之助、本田宗一郎のやり方を学ぶととてもワクワクし、そんな方々と同じ土俵で経営を作っているようでモティベーションがアップしました。現在も誇りをもってやっていますし、自信を持っている経営です。

様々な目標を設定し達成していきました。10年間で100億円を達成、子会社制度に着手していくこと、結婚すること等。目標を作り達成していく、そのプロセスをどうしていくか、それがSMIとの素晴らしい出会いによって出来ています。

SMI・代理店との出会い、導入による効果

黒字化に成功した飲み放題のプラン等は作り出すのは大変でしたが、同じパターンをコピー&ペーストをしてもマンネリ化してしまうので、常にチャレンジ精神を持っていなければなりません。これが私のチャレンジです。自分が何もしなくても店舗は増え、売り上げは増え、スタッフも増えますが、何もしなければマンネリ化してしまうので、何か新しいことしたいなと思いました。

そこで、庭がとても美しいホテルを自分で買い、新しいもの、「メディテル」=メディカル・リゾート・ホテルにし、2期目の決算で黒字にすると決めました。3年前ほど前にネパールで大きな地震があり多くの方が亡くなりましたが、その地震の次の日にはネパールに入りました。東日本大震災の際もすぐの対応をしました。実はネパールは日本と同じ危険度の地震大国なのです。また、新しいビール会社や、航空会社を作るという事もしました。

成功者になるというのは、ただビジネスマンとして成功すれば成功者かといえばそうではありません。人生の六分野、満遍なく、着々とやることによって成功者になり、それが私の目標です。

何が財産かといったら人財が財産と私は常に思っていますので、今は500でなく5000人ぐらいの財産に囲まれています。

 

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ケース12
医療法人社団誠敬会    会長 吉野 敏明様

カンパニープロフィール

GT Yoshino

   吉野 敏明様

 社名: 医療法人社団 誠敬会
 事業概要: 歯科を中心とする包括医療
 担当代理店: グッドマン東京
 採用プログラム: DPM・PSP・DTM・COP
 採用年: 2014年~
   『こんな考えに変えてくれたのはSMIプログラムのおかげだと確信しています』

「組織」

口の中というのは、非常な大事なところで、発音をし、食べ物を食べ、そして呼吸もします。川と同じように、上流が汚い状態で、下流がきれいになる訳はないわけです。それは経営者と部下がキチンとしていないのとまったく同じだと思います。組織というのは色々ありますが、人間の体も細胞からなる一つの組織です。企業と同じですね。字も同じ、意味も同じだと思います。なぜ医師なのに経営の話をするのかというと、私は基本的には歯科医者ですが、7つほど会社の経営もしており、人間の体と企業を動かすというのは、同じではないかと考えているのです。

再生の医療

私の専門は再生の医療です。再生をするためには、必ず何かが破壊されています。この破壊されているものを治すには、まず原因の除去をする必要があり、問題点を探し、それを診断し、対策をたて、それを実行する。それが必ずうまくいくとは限らないので、その都度修正をして、最終的に再生していく、これはSMIプログラムの中の問題解決とまったく同じではないかと私は思っています。

日本では歯科と医科のライセンスは分かれていますが、海外では国によっては一緒で、本来はこの2つは1つであっても構わないのです。再生の医療というのは臓器というものを完全に超越してお話ができますので、世界各国でレクチャー等をしています。

人生の目的

目標設定があって、そこに向かっていくというSMIのコンセプトですが、私の人生の目的は一体何でしょうか。普通のお医者さんは病気や臓器を治すことが最終ゴールとなっています。少し良いお医者さんは患者そのものを救う、あるいは患者の家族を救う。しかし、真の医者は世の中を治す、という諺が医療の世界にはあります。これは例えば、先日、天皇陛下の冠動脈の手術がありましたが、そのことによってこの国が保たれているということです。施政の中には良い医者がいるという諺があります。

私はこのSMIに出会う前までは再生医療の世界に没頭して、カミソリの刃のごとく自分を鍛え、自分をいじめて、もっとうまくなりたい、もっと強くなりたい、ということばかり考えていました。すると当然組織が疲弊してしまうのです。でもSMIと出会うことによって、顔つきも変わったのがわかると思います。

医師というのは科学者でもあり、当然科学的な根拠で治療をしなければいけませんが、もう一つの側面で「医術師」、英語で「Physician」という面もあります。目の前にいる患者さんが、例えばガンで、治る確率が8割ですといったら、5回に1回は死ぬんだ、というメッセージを与えてしまう可能性があります。それは科学者や医師の考え方です。そうではなく、8割に入るための努力をし、何をしたら8割のグループに入れるのか伝えること、そして個々の患者さんに対して、全身全霊をかけて八割のグループにもっていくことが「医術師」「Physician」の考え方です。

全身に多くの口の中の病気が影響します。例えばお酒やたばこが流産、早産につながることが多いといわれますが、歯周病のほうが影響が大きいことが分かっています。こうゆうアドバイスをするということが私の仕事だと思っています。今の診療所にはメディカルドクターも何人かいて、このコンセプトで今診療所をしています。

女優さんに治療に来ていただいて、どうゆう結果が出るかというテレビ番組がありました。そのうちの1名は、自分では健康だと思っていたが、探したら、高脂血症、心筋梗塞の疑い、うつ、顎関節症、歯周病等が出てきました。普通であれば各症状に対して内科、循環器科、精神科、口腔外科、歯医者に行き、それぞれ治療を受けます。

しかし、私たちのクリニックで検査をすると、通常より高い値が出た血管の中に入り込む歯周病のばい菌の値に着目します。この菌を持っている人は通常の4倍心筋梗塞、脳梗塞を起こしやすいことが、2、30年前からわかっているのですが、日本では医科と歯科が分かれていますから、別々に治療しています。私たちのクリニックではまずこの菌の除菌をやります。これが全身の症状となって表れるので、それぞれ治療しても、薬を飲んでも、治らないのです。経営と同じです。何が問題なのか、何が壊しているのか、それを分析して原因除去をすることです。この女優さんはだいたい3週間ぐらいしたら徐々に良くなっていき、1カ月でほぼ完治でした。たまたまこんな病気が重なったわけではなかったのです。

問題解決というのは必ず原因除去なんです。それを調べるための診断から始まる訳です

SMIを採用して

私がSMIで最初にやらせて戴いたのは、DTMです。私はすごく本気で一所懸命、真剣に色んなことをやっていたつもりです。でも、時間の効率があまりにも悪かったのです。寝ない、食べない、休まない、息をしないとよく従業員に言っていました。でもやっぱり違うんですね。

まず自分の分析をしました。DTMプログラムから始まって、あと4つぐらいプログラムを買って、まず自分を治すことをしました。すると、人格が変わってきたのです。朝テレビを見る時間に聴いていたら、妻と2人の息子たちも同じように聴くようになり、思考回路が変わってきます。車でも、職場でも、自宅でも毎日毎日聴いているうちに、だんだん暗記してきちゃうんです。それから2倍速、3倍速で聞いて、1日に10回以上聴いたりします。そしてSMI担当代理店社長に企業全体でやりませんか、とカンパニープログラムを紹介され大きい投資ですが導入しました。何が何でも元を取らなければいけないです。

プログラムを始めてから、こんな話がありました。20年間経営がうまくいっていないある精神科病院で、負債は20数億円。誰もやらないんですけど、挑戦しませんかと言われました。世の中を治すのが私のコンセプトであり、しかも病院だと、1週間で手を打たないと倒産し、入院している200人以上の患者さん、働いているドクター、看護師、患者さん、そしてその人たちの家族を考えると1000人以上の命がかかっており、何人かは死んでしまう可能性があったんです。「患者を治す」ことは引き継ぐことはできますが、「真の医者は世の中を治す」ことは神に与えられた試練だと思って受け入れることにし、成功する根拠は何にもないですが、居ても立っても居られず、二つ返事でやります、と言いました。

SMIで学んだように、問題点を列記し解決方法を書きます。今まで自分の個人の問題だったら6つか7つで解決するんですが、その時は120とか130項目とかあったんです。これは私の寝ない食べない息をしないでは無理だなと思い、ここでカンパニープログラムが効いてくるのと、それから権限の委譲でした。

権限委譲

今私は48歳ですが、以前は50歳ぐらいで後継者を探し始めて、60までに権限の委譲で経営者を変わろう、と漠然と思っていました。私には私の下で働いてくれていたナンバー2がおり、世界的にも色々な仕事をしてくださる本当に優秀なドクターでした。その先生にはカンパニープログラムのリーダーをやってもらっていましたが、権限の委譲を考え、予定を12年前倒しし、その先生にその病院を任せました。

まず6億7千万を借り、血を止め、その後約6カ月かかり経営を健全化し、2年ぐらいでその負債をすべて返せました。やったことは、白衣を着てオペをしていたことと同じことです、一つの臓器を治すというところを、会社の経営にメスを入れました。まず、10年前ぐらいの決算書から、心電図やレントゲンを見るように、何が問題でどこがいけないのかを見たのです。入院している患者さんは200人以上いましたが、全員会って握手して、場合によっては抱きしめて、なんでこうなっているか、職員も全員やりました。

これを私が全てやると私の創業した病院がつぶれてしまうので、ここで権限移譲をしたのです。最初は心配でしたが、SMI代理店社長の指導のおかげで、私が抜けてから1.3倍ぐらい売上が上がり、そちらの病院も再建することができました。

目的は「世の中を治す」ことですから、大病院の理事長としてあぐらをかいているわけにいきませんので、次の事業継承者を探してきて、今はほかの人達にやってもらって私はいったん内科と歯科のクリニックに戻ってきました。また、この評判を聞きつけて20ぐらいの病院が「つぶれそうなんですけど助けて」ときて、今度会う脳外科病院のやはり同じような再建をすることが決まっています。

コンセプト

それから日本のある医療の問題点を解決すべく韓国と日本で合弁の株式会社を作っています。それ以外にも色々とやっていますが、基本的な私のコンセプトは、やはり「真の医者は世の中を治さなければいけない。」この体の中にある病巣というのも世の中にあると思います。私は今まで多くの医者は患者を治すことで満足していたと思う。でも本来病気を治すということは問題点を見つけてそれを解決するということをやっているわけですから、ほんの少し視野を広げればこれからは医師も経営者としてちゃんと世の中に貢献できるのではないかという風に思っています。こんな考えに変えてくれたのはSMIプログラムのおかげだと確信しています。

ポール J. マイヤー先生の考えをこのように我々が継承しているわけですからぜひとも我々のマイヤー先生の意志をくみ取って、日本のため、世界のために貢献できればという風に考えています。


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ケース11
株式会社 ピーターパン    取締役会長 横手 和彦様

カンパニープロフィール

NTSM Yokote

   横手 和彦様

 社名: 株式会社 ピーターパン
 創業: 1977年
 事業概要: パン製造販売
 担当代理店: 新東京サクセスマネジメント
 採用プログラム: DPM・DSM・ECP・DYF
 採用年: 2001年~
   『私の心構えの変化と共に、ピーターパンは自ら考え、行動する組織へと変貌していった』

背景

学校を出て田舎の信用金庫を2年で退職し、独立を夢見て上京。資金も乏しく、何のとりえもない私が独立できる手段として飲食を選び、1971年青山にお店を開店すると、繁盛し、2年で家を建て、結婚し子供もでき、恵まれた生活をしていた。しかしある時、私が働く姿を見た当時3歳の娘の「お父さんは働いていないじゃない」という言葉に大きなショックを受け、働いている姿を見せることができる仕事をしようと思った。友人がパン屋だったこともあり、パン屋をやることにし、わずか1年で小さな「焼立てのパン・ピーターパン」を開店。パン製造技術が未熟だったので、お客さまに喜んでもらえることを考え、焼立てのパンの提供と、中のクリーム、餡子、カレー等を手を込んだものにし、それらの小さな努力が報いられ、5年程で地域一番店になった。

1988年からはブームに乗り、宅配ピザの多店舗展開をしたが、徐々に宅配ピザは値引き合戦で売上も利益も頭打ちとなり、各店舗を回り叱咤激励の毎日で、スタッフには「また来たか」という顔をされる。経営していて面白くなかった。1997年に勉強会で、パン屋1本に絞っての経営はどうかとアドバイスをもらったが、宅配ピザを辞めたら売上は1/3となり、規模拡大の夢はなくなり、宅配ピザの社員さんを路頭に迷わすことになるのだ。

地域の人に喜ばれる心豊かな楽しい経営を

残り少ないビジネス人生で何を残したいのかと経営の原点に立ち返って考え続け、色んなことが思い返された。そんな時、創業当初、製造技術が未熟な私が造るパンを「美味しいね」といつも買いに来てくださる近所の奥さんの顔が浮かんだ。お客様とのふれあい、「美味しい、ありがとう」と言って頂ける会話、貧しくとも充実した毎日だった。「肉体は辛くとも、お金儲けが出来なくても地域の人に喜ばれ、誉めてもらえるような心豊かな楽しい経営がしたい」と思い、規模拡大という夢を捨て、パン屋1本に絞り経営をすることにした。やるのであれば、社員さんが楽しく働き、お客様にも褒められるような理想のパン屋をやりたいと思い、「ちょっと贅沢ちょっとおしゃれな食文化の提供」と言う言葉と出会ったのだ。21世紀は心の価値を重んじる時代になり、美味しい焼立てのパンだけでなく、豊かさや癒しを求めるお客様に「付加価値や情緒的喜びを提供するパン屋さんを作ろう」という事にした。

出店

そして、1999年市川市のさびれた商店街の一角に「小麦工房ピーターパン」を出店した。店は木とレンガで自然の温もりを表現し、季節の野菜や果物をふんだんに使った彩り豊かで健康的な手造りの焼きたてのパンを、お客様がパンを選びやすいように陳列した。また、焼き立てのパンをその場で食べられるように、テラスをつくり、後にSMIを紹介してくれた方のアイディアでいれたての無料のコーヒーを提供することにした。そしてパン製造員と近くで会話を楽しんでいただくためにオープンカウンターにした。口コミで噂されるほど話題になり、お客様満足のバロメーターとなるお客様の数は、予想の2倍近くにもなった。

もっとお客様に喜んで頂ける店を、という思いで、平成13年船橋の海神に「石窯パン工房ピーターパン」を出店。この店は駐車場を大きくとり、スペインから石窯を直輸入し、ハースブレッドという石床で焼いた食事パンを提供した。この店舗がまたまたブレークし、土日の忙しいときは200万円もの売上を計上するほどだった。お客様が喜ぶことを考え、お客様が欲しいと思う商品やサービスを提供していけば自然とお客様は来てくださることを、身をもって経験した。

まさに順風満帆。ここまでは、コンサルの先生や幹部社員さんの戦略、アイディアでやってこられた。さぁこれから、ということで事業規模拡大の計画を立てるのだが、実際に店でお客様に接し、お客様の笑顔を創りだすのは現場の社員さんたちで、彼らは忙しい毎日に疲弊感があり、モティベーションが上がらなかった状態だった。

SMIの紹介

そんな時、同業他社の社長に出会った。その方の社員さんのモティベーションが素晴らしいのだ。私も社員教育は大切だということは認識し投資もしていた。しかし、何か違うのだ。そして勉強会の帰りの車の中で話してくれたのがSMIだった。

実は以前よりSMIについては知っていたのだが、継続することは絶対出来ない自信があり、無理だと思っていた。しかしグループで勉強をする「カンパニー・プログラム」の話を聞き、社員さんと一緒にやれば私にも継続できるのではないかと思い、2001年夏、導入することにした。

SMIカンパニー・プログラム導入

しかし問題はそこからだった。カンパニー・プログラムに参加してくれる社員さんが集まらないのだ。ご機嫌を取りながら半強制的に7人の社員さんをやっと集め、第1クールを始めたのだが、中々効果は出ない。私自身オーディオを聴いても賛同はするのだが、よしやるぞという気にならないのだ。第2クールでは反発すら感じた。そんな状態では社員も受講させられている意識での参加である。さらには、「社長はパンが造れる私たちよりも、社長の言うことを聞いて勉強会に出る社員のほうが可愛いのだ」といって退職する社員さんまで出てくる始末だった。でも、一旦決意し投資したのだから5年間はやろうと思い、意地と根性と欲で、社員さんと一緒になって学び続けた。

変化

これは、DPMレッスン11で学んだことだが、考えというものは1回聴いただけでは吸収されるものではなく、6回聴かなければ、完全に内面化し、身につけることはできず、使えるようにはならないのだ。私の場合は6回ではなく、6クールまでいかなければ完全に同化することができなかったのだ。社長が変わらなければ社員は変わらない。5クール、6クールと受講する度に頑固者の私でも少しずつカンパニー・プログラムに同化していった。

同化してくると「心構え」が変わってきた。「心構えが変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば出会いが変わる。出会いが変われば運命が変わる」と言われます。心構えが変わって私の人生が変わる。私の心構えの変化と共に、ピーターパンは15年前とは大きく変わり、自ら考え、自ら行動する組織へと変貌していったのだ。

ギネス世界記録に挑戦

そして、2015年「小麦の郷」店が10周年だったので、お客様と一緒に楽しめる大イベントはないか、ということでメロンパンを1日に何個売るかというギネスに挑戦したのだ。作ったり売ったりすることよりも、ギネスに挑戦するまでの、連絡から手続き、そして制約と並大抵なことではなかった。当日は社員さんをはじめ、赤の他人の審査員さんも夜中の12時出勤。6時半から雨の中の販売だったが、誰一人クレームを言うお客様はいないどころか、中には一人で250個も買ってくださる方、袋詰めの手伝いや行列の整備をしてくださる方もいらっしゃった。そして結果は「メロンパンを9749個」の販売、ギネス世界記録認定となった。この記録は社員さん、パートナーさんそしてお客様が一体になって達成した記録である。私はただ、やりたいことを社員さんに伝えるだけであり、このお客様の笑顔を創り出しているのは全部社員さん達なのだ。素晴らしい社風、素晴らしい社員さん、パートナーさんだと思う。

ラーニング・オーガニゼーション

今、ピーターパンではDPM、DSM研修を基盤として、自ら学び、自ら行動する組織作りの一環として「職場改善塾」という勉強会を毎月開催し、各店で社員さんが企画した行動の成果の発表をしている。

1.接客のプロセスデザインとして目的と目標、行動を設定。

2.テーマを声かけとし、目的を再確認。

3.ゴールを設定し、どういう取り組みをするかを計画。

4.大切にすることやメンバーの感想の共有。

5.そして数値化し、達成感を味合う。

自ら考え、自ら行動するラーニング・オーガニゼーションという組織が出来つつある。「継続は力。」私から方針は発表するが、そこから社員さんが計画をたて、行動する組織になったのだ。本当にうれしいことである。そして私は2016年3月末をもって引退し、今取締役会長として過ごさせていただいている。

あのとき勉強会でご一緒させて戴き、SMI導入のきっかけを作ってくれた社長と同社スタッフのみなさん、そしてSMI担当代理店社長には大変感謝している。


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ケーススタディー アーカイブ:
 
ケース 1   株式会社 三宝 (飲食店の運営、FCチェーン展開)
ケース 2  有限会社 ケーキハウス・アン(製菓製造・販売)
ケース 3  株式会社 クーロンヌジャポン(パン製造販売、レストランカフェ事業)
ケース 4   株式会社 前田家釜めし食材、製造、販売、卸売、FC本部運営)
ケース 5  株式会社 玄(理美容学校経営、理美容院経営、FC経営)
ケース 6  ファイナンシャルアライアンス 株式会社(保険代理店)
ケース 7  株式会社 ペッパーフードサービス(飲食店直営店運営、FC展開)
ケース 8  有限会社 まるしげ(和食飲食鮮魚販売)
ケース 9  メットライフ生命保険 株式会社(生命保険)
ケース 10  林田税理士事務所(税理士、行政書士、社労士、コンサル、他)