ケーススタディ

SMIのクライアント層は新規企業から60数カ国でビジネスを展開する大企業のCEOなど広範にわたる産業・企業に及びます。これらのクライアントに共通して言えることは、自己成長の為に情熱を持ち、人生の各分野で高い目標を設定していることです。

ケース11
株式会社 ピーターパン    取締役会長 横手 和彦様

カンパニープロフィール

NTSM Yokote

   横手 和彦様

 社名: 株式会社 ピーターパン
 創業: 1977年
 事業概要: パン製造販売
 担当代理店: 新東京サクセスマネジメント
 採用プログラム: DPM・DSM・ECP・DYF
 採用年: 2001年~
   『私の心構えの変化と共に、ピーターパンは自ら考え、行動する組織へと変貌していった』

背景

学校を出て田舎の信用金庫を2年で退職し、独立を夢見て上京。資金も乏しく、何のとりえもない私が独立できる手段として飲食を選び、1971年青山にお店を開店すると、繁盛し、2年で家を建て、結婚し子供もでき、恵まれた生活をしていた。しかしある時、私が働く姿を見た当時3歳の娘の「お父さんは働いていないじゃない」という言葉に大きなショックを受け、働いている姿を見せることができる仕事をしようと思った。友人がパン屋だったこともあり、パン屋をやることにし、わずか1年で小さな「焼立てのパン・ピーターパン」を開店。パン製造技術が未熟だったので、お客さまに喜んでもらえることを考え、焼立てのパンの提供と、中のクリーム、餡子、カレー等を手を込んだものにし、それらの小さな努力が報いられ、5年程で地域一番店になった。

1988年からはブームに乗り、宅配ピザの多店舗展開をしたが、徐々に宅配ピザは値引き合戦で売上も利益も頭打ちとなり、各店舗を回り叱咤激励の毎日で、スタッフには「また来たか」という顔をされる。経営していて面白くなかった。1997年に勉強会で、パン屋1本に絞っての経営はどうかとアドバイスをもらったが、宅配ピザを辞めたら売上は1/3となり、規模拡大の夢はなくなり、宅配ピザの社員さんを路頭に迷わすことになるのだ。

地域の人に喜ばれる心豊かな楽しい経営を

残り少ないビジネス人生で何を残したいのかと経営の原点に立ち返って考え続け、色んなことが思い返された。そんな時、創業当初、製造技術が未熟な私が造るパンを「美味しいね」といつも買いに来てくださる近所の奥さんの顔が浮かんだ。お客様とのふれあい、「美味しい、ありがとう」と言って頂ける会話、貧しくとも充実した毎日だった。「肉体は辛くとも、お金儲けが出来なくても地域の人に喜ばれ、誉めてもらえるような心豊かな楽しい経営がしたい」と思い、規模拡大という夢を捨て、パン屋1本に絞り経営をすることにした。やるのであれば、社員さんが楽しく働き、お客様にも褒められるような理想のパン屋をやりたいと思い、「ちょっと贅沢ちょっとおしゃれな食文化の提供」と言う言葉と出会ったのだ。21世紀は心の価値を重んじる時代になり、美味しい焼立てのパンだけでなく、豊かさや癒しを求めるお客様に「付加価値や情緒的喜びを提供するパン屋さんを作ろう」という事にした。

出店

そして、1999年市川市のさびれた商店街の一角に「小麦工房ピーターパン」を出店した。店は木とレンガで自然の温もりを表現し、季節の野菜や果物をふんだんに使った彩り豊かで健康的な手造りの焼きたてのパンを、お客様がパンを選びやすいように陳列した。また、焼き立てのパンをその場で食べられるように、テラスをつくり、後にSMIを紹介してくれた方のアイディアでいれたての無料のコーヒーを提供することにした。そしてパン製造員と近くで会話を楽しんでいただくためにオープンカウンターにした。口コミで噂されるほど話題になり、お客様満足のバロメーターとなるお客様の数は、予想の2倍近くにもなった。

もっとお客様に喜んで頂ける店を、という思いで、平成13年船橋の海神に「石窯パン工房ピーターパン」を出店。この店は駐車場を大きくとり、スペインから石窯を直輸入し、ハースブレッドという石床で焼いた食事パンを提供した。この店舗がまたまたブレークし、土日の忙しいときは200万円もの売上を計上するほどだった。お客様が喜ぶことを考え、お客様が欲しいと思う商品やサービスを提供していけば自然とお客様は来てくださることを、身をもって経験した。

まさに順風満帆。ここまでは、コンサルの先生や幹部社員さんの戦略、アイディアでやってこられた。さぁこれから、ということで事業規模拡大の計画を立てるのだが、実際に店でお客様に接し、お客様の笑顔を創りだすのは現場の社員さんたちで、彼らは忙しい毎日に疲弊感があり、モティベーションが上がらなかった状態だった。

SMIの紹介

そんな時、同業他社の社長に出会った。その方の社員さんのモティベーションが素晴らしいのだ。私も社員教育は大切だということは認識し投資もしていた。しかし、何か違うのだ。そして勉強会の帰りの車の中で話してくれたのがSMIだった。

実は以前よりSMIについては知っていたのだが、継続することは絶対出来ない自信があり、無理だと思っていた。しかしグループで勉強をする「カンパニー・プログラム」の話を聞き、社員さんと一緒にやれば私にも継続できるのではないかと思い、2001年夏、導入することにした。

SMIカンパニー・プログラム導入

しかし問題はそこからだった。カンパニー・プログラムに参加してくれる社員さんが集まらないのだ。ご機嫌を取りながら半強制的に7人の社員さんをやっと集め、第1クールを始めたのだが、中々効果は出ない。私自身オーディオを聴いても賛同はするのだが、よしやるぞという気にならないのだ。第2クールでは反発すら感じた。そんな状態では社員も受講させられている意識での参加である。さらには、「社長はパンが造れる私たちよりも、社長の言うことを聞いて勉強会に出る社員のほうが可愛いのだ」といって退職する社員さんまで出てくる始末だった。でも、一旦決意し投資したのだから5年間はやろうと思い、意地と根性と欲で、社員さんと一緒になって学び続けた。

変化

これは、DPMレッスン11で学んだことだが、考えというものは1回聴いただけでは吸収されるものではなく、6回聴かなければ、完全に内面化し、身につけることはできず、使えるようにはならないのだ。私の場合は6回ではなく、6クールまでいかなければ完全に同化することができなかったのだ。社長が変わらなければ社員は変わらない。5クール、6クールと受講する度に頑固者の私でも少しずつカンパニー・プログラムに同化していった。

同化してくると「心構え」が変わってきた。「心構えが変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば出会いが変わる。出会いが変われば運命が変わる」と言われます。心構えが変わって私の人生が変わる。私の心構えの変化と共に、ピーターパンは15年前とは大きく変わり、自ら考え、自ら行動する組織へと変貌していったのだ。

ギネス世界記録に挑戦

そして、2015年「小麦の郷」店が10周年だったので、お客様と一緒に楽しめる大イベントはないか、ということでメロンパンを1日に何個売るかというギネスに挑戦したのだ。作ったり売ったりすることよりも、ギネスに挑戦するまでの、連絡から手続き、そして制約と並大抵なことではなかった。当日は社員さんをはじめ、赤の他人の審査員さんも夜中の12時出勤。6時半から雨の中の販売だったが、誰一人クレームを言うお客様はいないどころか、中には一人で250個も買ってくださる方、袋詰めの手伝いや行列の整備をしてくださる方もいらっしゃった。そして結果は「メロンパンを9749個」の販売、ギネス世界記録認定となった。この記録は社員さん、パートナーさんそしてお客様が一体になって達成した記録である。私はただ、やりたいことを社員さんに伝えるだけであり、このお客様の笑顔を創り出しているのは全部社員さん達なのだ。素晴らしい社風、素晴らしい社員さん、パートナーさんだと思う。

ラーニング・オーガニゼーション

今、ピーターパンではDPM、DSM研修を基盤として、自ら学び、自ら行動する組織作りの一環として「職場改善塾」という勉強会を毎月開催し、各店で社員さんが企画した行動の成果の発表をしている。

1.接客のプロセスデザインとして目的と目標、行動を設定。

2.テーマを声かけとし、目的を再確認。

3.ゴールを設定し、どういう取り組みをするかを計画。

4.大切にすることやメンバーの感想の共有。

5.そして数値化し、達成感を味合う。

自ら考え、自ら行動するラーニング・オーガニゼーションという組織が出来つつある。「継続は力。」私から方針は発表するが、そこから社員さんが計画をたて、行動する組織になったのだ。本当にうれしいことである。そして私は2016年3月末をもって引退し、今取締役会長として過ごさせていただいている。

あのとき勉強会でご一緒させて戴き、SMI導入のきっかけを作ってくれた社長と同社スタッフのみなさん、そしてSMI担当代理店社長には大変感謝している。


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ケース10
林田税理士事務所   所長 林田 俊一様

カンパニープロフィール

SPFuk Hayashida

   林田 俊一様

 社名: 林田税理士事務所
 創業: 1982年
 事業概要: 税理士、行政書士、社労士、コンサル、他
 担当代理店: サクセスプライズ福岡
 採用プログラム: DPM・PSP・DTM・DSM・AIE・MOC・NHP・AAS・COP・EPP
 採用年:  1984年~
   『始めて5年後効果がはっきりと数字に表れ、以来各種プログラムを導入、毎日実践。』

背景

大学卒業後、田舎で代々引き継いでいる農家は自分がやらねばと、帰る決意をしたが、小規模な農家だったので、生活する為に税理士を目指し、6年かけて税理士の資格を取得した。田舎に帰り、苦労しながらも人を通じ税理士事務所に入れてもらい、3年8ヶ月、実務の修得をし、昭和57年、32歳の時、新飯塚において独立開業し、ゼロからの出発が始まった。

SMIの導入

厳しい経済状況の中、昭和59年第三子も生まれ、開業して2年、なかなか成果が出ずに少し焦っており、そのような中、同業の税理士先生からSMIプログラムを紹介された。最初は断ったが、「また来ます」と言われ、はるばる峠を越えて来るのを気の毒に思い、一番長いローンで購入する契約を結んだ。

厳しい経済状況の中での購入だったので、とにかく命がけで取り組んだ。毎朝6時に起き勉強をし、グループでも研修を行い、開催ごとにテーマを変え、人を入れ替えて行った。SMI購入時の即断即決の心構えが逃げられない状況を作り、さまざまな資格取得や今の事務所を作ったことにつながっていると感じている。奇跡の出会いだと思っている。

SMI導入による変化

22歳の時から税に関する勉強をし続けているおかげで理屈には強い自分が出来上がった。少し柔軟なところや、素直に受け入れるということが重要と考えているので、SMIプログラムを何度も聞いて、変えることができたと思っている。

いろんな分野に指導者がいるように、このSMIの学習においても、客観的に自分を見て、精神面、教養面、健康面等の分野で指導してくれるモティベーターが必要で、しっかり活用していくことがSMIプログラムでより良い成果を出す鍵だと思う。この32年間5~6人のモティベーターに導いて戴き、各々素晴らしい人達ばかりである。

学習に関しては、ダラダラ長期間やるのではなく、インターバルトレーニングのように、一ヶ月間ぐらいを力一杯勉強して、少し休み、再度グループ編成をし、鍛えるのがいいと思っている。また、知識だけでなく生活や行動習慣を改めるプログラムなので、スポーツのように、若く始めた方が、成果が大きく出ると思う。年を取ると変なクセがついてくるので、そのクセをただすのに時間がかかりすぎるのだ。

何よりも、SMIプログラムを活用し実際の生活を向上させるのが大事である。私はSMIプログラムで習ったノウハウを活かしスケジュールを管理し、日記によってモティベーションを上げながら反省をしていく。そして、最終的にやるべきことが自分との約束(自己誓約)として実行されていく。

数字に表れた効果

昭和59年、34歳の時からSMIプログラムを始め、何度もグループを変えながら、学習を続けてきた。顕著に数字として表れてきたのが5年目の平成元年。年間2,000万円台だったのがその年4,200万円を記録したのだ。昭和62年に二人の素晴らしい人材が入ってきたことと、昭和62年12月に立案した30年計画が作用したのだと思う。 成果を感じたので、目的に応じて他のプログラムを何個か購入し、個人でSMIプログラムの学習に取り組んだが、平成10年(48歳)ぐらいを境に事務所の成長が横バイに転じた。社員を増やし、処遇を少しでも良くしたかったので、ドラッカーやランチェスター経営等、色々なことに取り組み、投資した。しかし、それは個人の限界だったのだ。その行き着く先が、SMIカンパニープログラムだった。

カンパニー・プログラム導入

きっかけは、平成18年(56歳)現在のSMI担当者との出会いと、その一年後のSMI福岡大会でのカンパニープログラム活用事例の発表だった。即導入を決意した。担当者  のアドバイスを受けて10年、今年も数字として結果に表れており、今後が楽しみです。

事業を継続するにあたり、一番の社会貢献は『多くの人を雇用すること』と思っており、私の夢は、この筑豊地区に有能な人材を育成することで、開業して34年、25人の人材を雇用できる力を持ったということは、私にとって大変嬉しいことである。それと共に、多くの成長企業を育てることも大事で、30年以上アドバイスをしてきた50億の売上を誇る企業や、二期連続一億円の利益を計上した企業等、顧問企業311社、年一決算法人98、個人295、総計704となった。長年、顧問企業の経営に関与し、その成長を楽しみにしている。

事業以外の活動

事業以外では、平成9年のデフレ突入の時に開催した研修会の資料をもとに本が完成し、世に出た途端ベストセラーになった。それから全国での講演や、簿記、税法、会計学、会社法の講師をしている。事務所開設30周年記念講演では、講師として元プロ野球監督 野村克也氏を招聘。約1,000人を無料招待し、大成功となった。それ以外にも、今年で29年になる穂波ライオンズクラブの活動、お客様から色々な事を尋ねられるので、不動産投資や株式投資や投資信託等を実行しています。 そのようなことを実践できているのも、SMIプログラムの実践の成果と思っています。

今後の展望

全ての事業者共通の悩みとして挙げられる事業継承。我が事務所も同じで、なかなか合格せずに不安だったが、3年前、長男がトータル12年目、35歳で税理士試験に合格。修業を経て長男が開業したところと今年末に合併の予定。 今、低成長期の日本が再び成長するには他のアジア諸国の成長発展が重要で、その為には我々もアジアに進出して、アジア諸国の発展の手助けをしなければならない。 個人としては、3年後に世界一奉仕団体ライオンズクラブの地区のガバナーになるため、ふさわしい人物になる。 また、私は世界100カ国を訪問したいので、その為には世界の共通語である英語が話せなくてはならない。生涯学習だと思い、毎日英語を勉強している。 家の繁栄、家族の幸せがあって我々の成長発展の成果と言える。常にファミリーが仲良くすることが大事だと思うので、親族で定期的に集まるようにしている。 6分野を常に意識しながら、自らの成長をチェックしている。この6分野の行き着く先は、どこかで後ろ指をさされる人間ではなく、尊敬される人間になるということだと思っている。 以上のようにSMIプログラムは素晴らしい成果が期待できます。決断は若いとき、今が一番です。


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ケース9
メットライフ生命保険株式会社    シニアマネジャー 加藤 清二様

カンパニープロフィール

DPT Kato

   加藤 清二様

 社名: メットライフ生命保険株式会社
 事業概要: 生命保険
 担当代理店: ダイナミックスパースンズ東京
 採用プログラム: DPM・PSP・DTM・AIE・BFS
 採用年: 1995年~
   『自分の夢が広がり、達成の確信を持ち日々過ごせるのがSMIの成果であり、財産。』

成功のイメージ

SMIでは「成功とは価値ある目標を前もって設定し、段階を追って実現すること」と成功を定義しているが、私の成功のイメージは、坂を雪だるまのように大きくなりながら転がっていく、六分野をきちっとやることによって、目標や夢、達成が大きくなっていくイメージである。SMIを20年間やることによって、将来への不安や恐れがなく、時間がたつにつれて自分の夢が広がっていき、達成の確信を持ち日々過ごすことが出来るというのが、成果であり、財産だと思う。

SMIとの出会い、採用

SMI出会う前は、平平凡凡と目標も悩みもなく好き放題やっていたが、結婚をきっかけに初めて人生に向き合い、スタートに立った。成功し、家族を幸せにするのが目標だった私に当時のマネージャーがSMI公認代理店担当SRを紹介したのがSMIとの出会い。

その方に言われた「3年間頑張ったら上位20%に入れる、更に3年やったらその上位の中の20%に入れる」という言葉だけを信じ、飲みにも遊びにも行かず、3年間駆け抜けた。車の底が抜けるほど営業で走り回りながら、SMIのテープも伸びて聴けなくなるほど聴いた。毎日コツコツやって、その上位に入ることができた。とても厳しくシビアな保険マネージャー制度の中、続けられたのはSMIのおかげだと思っている。

SMIの活用

夫婦で作る家族の目標は素晴らしいものになると思っていたが、奥さんの目標シートには、私のことは一切書かれていなかったことがとても衝撃的で大きな学びとなった。人はそれぞれ目標が違うと明確に理解し、仕事に大変役立った。

他にもSMIによって、自分がモティベートされるときは、お客様、周りの人も同じようにモティベートされているということを認識した。お客様と目標設定をするときは、お客様の夢や目標を共感し、問題解決や行動を一緒に考え、好感を持って戴き、達成し感動してもらう、という一連の法則に気づき、保険の話よりも、夢や目標を聞き、利益と障害を明確にし、問題解決を提案する流れがうまくいくと感じた。

また、目標設定する中で、考えている願望を視覚化しないと行動に繋がらないと考え、見えない保険視覚化のために積み木を作成、使用し、それがお客様のより良い理解につながった。これらのSMI活用法で人生が助かった。

六分野の見直し

このまま長く続けられると思ったが、仕事のやりすぎで、帯状疱疹が出た。自信がなくなり、当時30代だったが、顔つきは今よりも更けていたのではないかと思う。そこで、六分野の優先順位を変えた。経済、家庭、健康、社会生活、教養面、精神面、という順番を、思い切って1番に精神面、6番に経済面、2~5番は状況によって切り替えようと決め、とても楽になった。

社員教育・育成

私のオフィスは、ただの営業部隊ではなく、スタッフの声を徹底して聞き、保険を通じお客様に喜んで戴き、才能に目覚めるという成長・育成機関と思っている。今では勤続10年以上の方は100%、5年超の人は90%代理店の仕事を続けている。組織の人がライバル会社にいったり、独立したりすることは頭を悩ませる問題かもしれないが、保険の素晴らしさ、才能を引き出すことの素晴らしさに気づいた人が卒業するわけなので良いことであり、今後も続けていこうと思う。保険の仕事が合わない人には再就職の支援もしている。

また、社員ではなく、社員をサポートしてくれる奥さんにインセンティブを贈るようにした。社員と家族からは多くの手紙をもらい、これは、絆があり、安心して職場に来てもらえるということを示している。これらの取り組みはまさにSMIの産物だと思う。

SMI導入後の変化

まだ組織ではなかった際に作った「生命保険を通じて夢のある人間づくり家庭づくり職場づくり」という営業理念が今の経営理念である。それ以外にも存在理由、ビジョン、我々は何業であるか、採用基準、一日の心構えも作った。すると自然と組織が大きくなり、今に至る。

保険の仕事は、個人の成功から始まり、全体の成功があるので、組織の方向性が重要であるとSMIを通じて気づき、採用基準を「親孝行のできる人」にした。親孝行ができている人は自然と目標設定ができ、タイムマネージメントも上手。また、感謝と反省を胸に秘め、チャンス、運、陰徳が揃っている人である。一つの項目で経済面も家庭面も、精神面も達成できる目標として親孝行は最高の目標のひとつだと思う。

個人でのSMI活用

重要必須カードを毎日活用している。長期、短期目標、あとは予定や重要、緊急なことを書く。アイディアが沢山浮かんでくるので、皆さんにも財産として使ってほしい。最高なツールだと思う。

今後の新たな挑戦は、SMIでの自己実現を社会実現に変えていくことで、様々な取り組みをしている。例えば、天皇陛下への献上みかんを作っている所で研修をし、大自然から学び、地域貢献をし、日本の農産物を世界に届ける活動をしながら、目標が達成できるのでは、と考えている。社会の一部にある会社、コミュニティー等に貢献し自己実現できるスタイルに変えていこうと挑戦をしている。

SMIへの感謝

SMIとの出会いが私の人生を変えた。25歳のときに世界一のSMI営業マンを紹介され、その方の明確な行動と願望が書かれた行動計画書を見たとき、感動し、私もやれる、と感じたのだ。また、夫婦で目標シートを書くことがなければ、今の私はない。

毎年2回のSMI勉強会では、新たな気づき、アイディアが必ず出てくるので、これからも参加し続け、自分の人生を変えていきたい。代理店社長とSRの方には大変感謝をしている。


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